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大阪地方裁判所 昭和55年(ワ)6695号 判決 1985年9月13日

原告

梅澤幸隆

右訴訟代理人

田中泰雄

桜井健雄

甲田通昭

被告

医療法人廣崎会

右代表者理事

廣崎弘一

右訴訟代理人

河田日出男

岡野英雄

仁井谷徹

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一一七万二一九〇円及びこれに対する昭和五五年一〇月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は、大阪市内の通称釜ケ崎に居住し、日雇労働に従事していたものであり、被告は大阪府泉南郡阪南町尾崎町七九四番地において廣崎病院(以下、「被告病院」という。)を経営している医療法人である。

2  原告の負傷と被告病院への入、退院

(一) 原告は、昭和五四年四月一八日夜、国鉄天王寺駅構内において階段を踏みはずし、足を捻挫して歩けなくなり、翌四月一九日の朝、浪速区日本橋五丁目五―一〇南消防署恵美須出張所に保護を求めたところ、同出張所の救急車で、同日、西成区の大和中央病院に運ばれ、直ちに同病院に入院するとともに、連絡を受けた浪速区福祉事務所を通じて、緊急要保護患者として生活保護法第二五条に基づき職権により生活扶助及び医療扶助を受けることとなつた。

(二) 原告は、右大和中央病院で診察を受けた結果、肺結核と診断されたため、同年四月二三日、浪速区福祉事務所の承認の下に医療扶助受給患者として被告病院へ転送され、同病院で肺結核、心筋障碍兼高血圧症、慢性肝炎および左足関節部挫創と診断され、同日、同病院に入院した。

(三) 被告病院においては、原告の入院後、肺結核治療のため、原告に対し、エタンブトール、アイナー、ストレプトマイシンの投薬を続けていたが、被告は、昭和五五年三月七日、原告を被告病院から退院させるとともに、同年三月一〇日、浪速福祉事務所に対し、原告が軽快退院した旨報告した。

3  入院治療継続の必要性

しかし、右退院当時、原告が肺結核のため、なお入院治療の継続を必要とする状況にあつたことは以下に述べるとおりである。すなわち、

(一) 原告の病状

(1) 被告病院においては、原告の入院後、肺結核治療のため、原告に対し、前記のとおりエタンブトール等の投薬を続けていたが、原告の血沈の値は、入院中一貫して平常値を越えており、正常な状態になつていなかつた。

(2) 現に、被告病院の長浦友裕病院長は、昭和五五年二月ころ、原告に対し、原告の胸部レントゲン写真について説明しながら、原告の病状は悪化してはいないが治りにくく、時間がかかる旨説明しており、原告は、被告病院を退院した直後の昭和五五年三月三一日に、訴外医療法人仁泉会阪奈病院に肺結核治療のため入院し、以後約一年半にわたつて入院加療を受けた。

(二) 原告の生活環境等社会的条件

原告は、被告病院に入院する以前、通称釜ケ崎に居住して日雇労働に従事しており、また身寄りもなく住居不定であつたが、そのような条件は前記被告病院を退院したころにおいても変わつておらず、通院して治療を受けるに適切な生活条件・経済条件でなかつた。

(三) 以上の原告の病状及び社会的条件からみれば、前記退院当時、原告が肺結核のため入院治療を必要とする状況にあつたことは明らかである。

4  退院の事情

しかるに、被告が右時点において原告を被告病院から退院させた事情は、次のとおりであり、原告の退院が医療的見地から行なわれたものでないことは明らかである。

すなわち、被告病院の入院患者のうち、原告ら一〇数名は、「釜ケ崎結核患者の会」に所属し、かねてから被告病院に対し、治療内容や待遇・設備についての改善を求めていたものであるが、昭和五五年三月六日に、週二度以上の回診、検査結果や病状の説明、ガードマンによるボディチェックの廃止等二三項目の要求を掲げて被告病院と交渉し、その際、原告は、病棟の各室に右要求事項等を書いたビラ二種類を配布してまわつた。すると、翌三月七日朝、突然、原告は被告病院からビラの配布は病院の規則に反するとして退院を命ぜられ、荷物をまとめさせられたうえ、被告病院近くの南海電車尾崎駅まで原告の荷物を持つた被告病院職員に同行され、退院させられたものであり、原告の右退院が原告の病状とは関係なく、ビラの配布等を理由として行なわれたものであることは明らかである。

5  被告の責任

被告の右行為は、以下に述べるように原告に対する診療契約上の債務不履行ないし不法行為を構成するものであり、被告はその責任を免れない。

(一) 債務不履行責任

(1) 原告は、昭和五四年四月二三日、前記の経緯により被告病院に入院したのであるから、原、被告間には、右同日、被告において原告を被告病院に入院させたうえ肺結核等原告の前記疾病に対し適切な治療を行う旨の診察契約が成立した。

(2) したがつて、被告は、右診療契約上、原告に対し、原告の病状のほか原告の生活環境等社会的条件等をも考慮したうえで、(ア)原告の前記疾病の治療に必要な限り原告を被告病院に入院させて適切な治療行為を行うべき債務を負うものであり、また、(イ)原告を退院させる場合には、それが疾病の完治によるものであり以後何らの治療行為を要しない場合は格別、退院後もなお治療を必要とする状態で退院させる場合には、自からその後の治療を行うものでない限り、原告に対し新らたな治療機関を紹介したり紹介状を渡すなどしてその後の治療に支障を来たさないような医療的措置を講ずべき債務がある。

(3) しかるに、被告は、昭和五五年三月七日朝、突然、原告に対し、即日退院するように命じて原告に対する治療行為の施行を拒否し、他の病院を紹介したり紹介状を渡したりしないまま、前記のとおり原告に荷物をまとめさせたうえ、被告病院の職員に原告を被告病院近くの南海電車尾崎駅まで同行させて、原告を強制的に退院させ、原告に後記のごとき損害を蒙らせたのであるから、前記債務の不履行責任を免れない。

(二) 被告の不法行為責任

被告は、前記のとおり原告を前記疾病治療のため被告病院に入院させその治療を行つていたのであるから、原告の病状や原告の生活環境等社会的条件も考慮したうえ、(ア)原告の前記疾病の治療に必要な限り原告を被告病院に入院させて適切な治療行為を行い、また、(イ)原告をなお治療が必要な状況で退院させる場合には、その後の治療を自から行うものでない限り、新らたな治療機関を紹介したり紹介状を渡すなどしてその後の治療に支障をきたさないような医療的措置を講じ、もつて、原告に対し、右疾病の治療上、不測の損害を与えることのないように配慮すべき注意義務がある。

しかるに、被告は、故意又は過失によりこれを怠り前記のとおり原告を退院させ、原告に後記損害を蒙らせたのであるから、原告に対する不法行為責任を免れない。

6  原告の損害

原告は、被告の上記違法行為により左記のとおり合計一一七万二一九〇円相当の損害を蒙つた。

(一) 検査費用 二万二一九〇円

原告は、昭和五五年三月二〇日ころ、結核の治療に関し訴外松浦診療所においてレントゲン撮影、血液検査等各種検査を受け、その費用二万二一九〇円を右診療所に支払つた。右支払は、原告が被告病院を強制的に退院させられた後、再入院手続をするために要した費用である。

(二) 慰藉料 一〇〇万円

原告は、被告病院を強制的に退院させられ、また、その際、通院先の紹介や紹介状の交付を受けられず、更に、被告が浪速福祉事務所に対して原告が軽快退院した旨報告したことにより、直ちに必要な医療扶助、生活扶助などの生活保護措置を受けられなかつたため、昭和五五年三月三一日、訴外阪奈病院に入院するまでの間、精神的に極度に不安定な状態におかれた。これにより原告が被つた精神的苦痛に対する慰藉料の額は一〇〇万円を下らない。

(三) 弁護士費用 一五万円

原告は、被告が任意の履行に応じないため、やむなく本訴代理人たる弁護士に本件訴訟の追行を委任したが、これに要する費用一五万円は、被告において負担すべき損害である。

よつて、原告は、被告に対し、右債務不履行又は不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害金合計一一七万二一九〇円及びこれに対する弁済期の後であり本件訴状送達の日の翌日である昭和五五年一〇月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、被告が原告主張のごとき医療法人であることは認めるが、その余の事実は知らない。

2  同2(一)の事実は知らない。同2(二)の事実のうち、原告が昭和五五年四月二三日、浪速区福祉事務所の承認の下に、医療扶助受給患者として大和中央病院から破告病院へ転送され、被告病院において原告主張のごとく診断し、同日、原告が被告病院に入院したことは認めるが、その余の事実は知らない。同(三)の事実は認める。

3  同3(一)(1)の事実のうち原告主張の投薬を行つたことは認めるが、その余の事実は否認する。同(2)の事実のうち被告病院の院長が原告主張のごとき説明をしたことは否認し、その余の事実は知らない。同(二)の事実は不知。同(三)の事実は否認する。

4  同4の事実のうち、原告らが「釜ケ崎結核患者の会」に所属していること及び原告が被告病院の病棟の各室にビラを配布してまわつたことは知らない。その余の事実は否認する。

5  同5の事実及び主張は争う。

6  同6の(一)ないし(三)の事実は否認する。

三  被告の主張

1  前記退院当時、原告は入院治療を必要とする状況ではなかつた。

すなわち、原告の入院時における検査結果をみると、胸部レントゲン撮影では肺結核は相当長期間を経過した慢性の陳旧性変化をきたしており、血沈値は軽微な亢進を示す程度、排菌検査は陰性であり、また、体温も正常であつて、そもそも入院時においても、原告の肺結核は入院治療を必要とする程度の病状ではなかつた。また、入院後も胸部レントゲン像の経過は著明な変化を示しておらず、合計一一回の検査でも全く結核菌を検出せず、血沈値も時に軽度の亢進をみる程度で、正常又は正常に近いものであつた。少なくとも排菌所見が六か月以上連続して陰性であることを確認した昭和五四年末ころには、既に退院させてもよい状態にあつたと推定されるのであつて、肺結核以外の他の疾病も含めて、本件退院当時には入院治療を継続する必要性は認められなかつたものであり、原告は任意かつ平穏に退院したものである。

2  被告は、原告に対し、その主張のごとき債務を負担していない。

そもそも、被告は、福祉事務所からの要請で行路病人であつた原告の診察をしたにすぎないのであつて、被告と原告との間に直接診療契約が成立したかどうかには疑義がある。

また、現在、結核の治療を行う病院はどこにでもあるし、西成区の労務者を専門に扱つている大阪医療センターでは原告のような人をいつでも診察しているのであり、原告もそのことを知つているのであるから、被告には、入院の必要のない原告をいつまでも入院させておいたり、退院の際に新たな通院先を紹介したりする義務はない。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1の事実(当事者)のうち、被告が原告主張のごとき医療法人であることについては当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨によれば、その余の事実(原告が日雇労働に従事していた者であること等)を認めることができる。

二請求原因2の(一)ないし(三)の事実(原告の負傷と被告病院への入・退院等)については、<証拠>によれば、同(一)の事実(原告の負傷と大和中央病院への入院)及び同(二)の事実のうちの大和中央病院での肺結核診断の事実を肯認することができ、同(二)のうちのその余の事実(被告病院への入院)及び同(三)の事実(被告病院における治療と原告の退院)については争いがない。

三そこで、次に、請求原因3(入院治療継続の必要性)について、検討する。

1  まず、被告病院における診療経過をみておくに、被告病院において、原告の入院後、肺結核治療のため、原告に対しエタンブトール等原告主張の投薬を続けていたことについては当事者間に争いがなく、<証拠>及び鑑定人森本靖彦の鑑定の結果によれば、次の事実を認めることができ<る。>

(一)  被告病院は、原告について、昭和五四年四月二三日(入院当日)、同年七月二日、同年一〇月一日、同五五年一月四日の合計四回胸部レントゲン撮影を、昭和五四年四月二四日、同年七月六日、同年一〇月五日、同五五年一月七日の合計四回胸部断層撮影を、それぞれ実施したところ、原告の肺結核の病状所見は次のとおりであつた。

(1) 肺結核の病巣を示す陰影の状況としては、第一回ないし第四回の胸部レントゲン撮影を通じて、右の肺尖部から鎖骨下にかけて索状・網状の陰影、左鎖骨下に索状陰影がみられ、右肺尖部には嚢胞性病変も認められ、また、第一回ないし第四回の胸部断層撮影を通じて、背面から七ないし八センチメートルの左肺尖部の部分を中心に胸膜に接して直径二ないし四センチメートル程度の楕円形の結核腫様陰影の存在が認められ、その内容は均質であるが透亮化し、空洞化しつつあるように見分されるものであつた。この検査を継続している間、レントゲン撮影においては陰影の繊維化、断層撮影においては結核腫様陰影の進行が若干みられた。なお、第二回以後の断層撮影において、右肺尖部の硬化しつつある病巣中において壁の厚い内径五ミリメートル以下の空洞が二、三散見されるようになつたが、この空洞の状況は、以後大きな変化はみられなかつた。

(2) 第一回ないし第四回の各撮影を通じて、気管は大きく右側に変位しているが、かかる所見は右側からの牽引による気管の彎曲と考えられ、右肺上部が長期にわたる病変の結果すでに萎縮し、硬化していることを示唆するものであつた。

(二)  喀痰中の結核菌検索検査の成績については、別表(一)のとおりであり、前後一一回の検査を通じて、検鏡検査、培養検査ともに結核菌は一度も検出されなかつた。なお、原告は、昭和五三年一〇月二八日から肺結核のため訴外阪奈病院に入院したとの診療歴があり、同入院中の同年一二月には喀痰中に結核菌(ガフキー二号)が検出されたとのことであつたが、同五四年一月の検査では結核菌の排出は認められなかつた。

(三)  血沈値検査の経過については別表(二)のとおりであり、その値は毎月変動し一定の傾向はみられなかつたものの、昭和五四年九月以降は比較的安定し、常に軽度の亢進を認める程度であつた。

(四)  肺機能検査の経過については、バイテーラーによる肺機能検査の肺活量最大値は別表(三)のとおりであり、常に三〇〇〇ミリリットル前後の値を維持しており、結核性病変による換気障害の所見の存在はほとんど認められず、かつ、入院期間を通じて肺機能面での変化の所見はほとんど存しなかつた。

(五)  心電図所見は、入院時に洞性徐脈がみられたほかは、入院期間中を通じて常に正常のパターンを示しており、肺性心その他の肺結核に伴う心機能の障害は存しなかつた。

(六)  体温は一日一回測定されたが、その測定結果については、入院当日から退院時まで体温は常に三六・〇度から三六・八度の間にあり、三七・〇度以上に発熱した日は一日もなかつた。

(七)  血液生化学検査の結果も、入院直後の肝機能については、多くの指標において多少とも高い値を示しており、慢性肝炎ないしはアルコール誘起性肝障害の存在を示唆する成績を示していたが、一か月後のこの成績はかなり改善しており、退院日に近い昭和五五年一月及び同年二月の成績はほぼ正常であつた。

(八)  血圧は、入院当日に一七〇〜一一〇mmHgという高血圧を示していたが、入院後直ちに降圧剤の投与を開始し第二回めの測定からは常に正常範囲を示し、以後退院に至るまで高血圧を示したことはなかつた。

(九)  入院時から尿タンパク(+)の検出は認められたが、沈渣所見には異常がなく、腎機能障害はないものと認められる状態であつた。尿糖は検出されておらず、糖尿病の合併もなかつた。

(一〇)  ちなみに、肺結核以外の疾病については、原告の左足関節部挫創は被告病院に入院後一か月以内に治癒し、高血圧と肝機能障害も入院後早期の段階で軽快しており通院治療で十分コントロールしうる程度のものであつたし心筋障害については、洞性徐脈以外は特別の異常は認められず入院治療を要するものではなかつた。

2  次に、被告病院退院後の診療経過及び生活状況をみておくに、<証拠及び>前掲鑑定の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができ<る。>

(一)  原告は、昭和五五年三月二四日、訴外芦原病院において胸部レントゲン撮影、胸部断層撮影の各検査を受けた。その検査結果は、胸部レントゲン撮影について、右肺尖から鎖骨下、第二肋間付近にかけて索状・網状・班点状のさまざまな陰影並びに左の鎖骨下には結節状・索状の陰影が認められたが、それらの一部は線維化しており硬化性と思われる陰影が多く、気管は右側に大きく彎曲し偏位しているが、かかる所見は右肺尖部の硬化、萎縮に伴う牽引性の変形によるものとみられるものであつた。断層撮影については、背面から四ないし一三センチメートルにわたつて行なわれたが、右肺には濃度の濃い周辺の比較的明瞭な均質な陰影、班点状・結節状・索状の陰影が混在し、胸膜と彎曲した気管にはさまれて大部分硬化し、一部線維乾酪性とみられる病巣の一部は気腫性嚢胞化し、一部に周囲の比較的厚い空洞とみられる透亮像を伴つていた。左の肺尖部では、背面から八ないし一一センチメートルにおいて直径四・〇×二・五センチメートル大の巨大な楕円形の結節状陰影が胸膜に接して認められ、その内部には直径一・〇センチメートル程度の透亮部を生じ、空洞化結核腫とみられる所見を示し、その周辺には、いくつもの索状陰影を伴つていた。

(二)  原告は、被告病院を退院した後、昭和五五年三月末から同五六年九月末ころまでの約一年半の間訴外阪奈病院に入院し、肺結核と肝臓の治療を受けていたが、じん肺により労働者災害補償保険法に基づく給付を受けられるようになり、生活の目途がついたので同病院を退院し、以後、同病院及び訴外藍陵病院に通院しながらアパート住いの生活を続けている。

3  そこで、右認定の事実に照らし、前記退院時、原告は肺結核のためなお入院治療を必要とする状況にあつたか否かを検討する(右退院時、肺結核以外の疾病は既に治癒ないし軽快しておりその治療のために入院を必要とする状況でなかつたことは前示のとおりであり、原告もこの点は争つていないものと認められる)。

まず、以上認定の事実と前掲鑑定の結果に照らし、原告の肺結核の病状をみるに、退院当時における原告の肺結核による病変は、ほぼ一年前の被告病院入院時の病変とほとんど変化はなく、薬剤投与による化学療法も有意な効果が得られない相当陳旧化した病変がその主体をなすものであり、新たな病変が近時において生じたことはうかがえず、前記1の諸検査結果とも併せ考察すると、残存病変については、抗結核療法の継続は必要であるものの、比較的活動性が乏しく安定したものであり、感染源としての危険性もなかつたものと認められる。

しかるところ、前掲鑑定の結果によれば、肺結核について、医学的見地からみて入院治療が必要であるという場合の入院治療の絶対的適応とは、常時排菌があり感染源としての危険性を有する場合、重症で種々の症々を示したり高熱を発したりしている場合、低肺機能のため日常生活が困難な場合、空洞などに対して外科的治療を行なう場合、粟粒結核や広汎な肺炎型の病変を有する場合、肺以外の他臓器の病変を伴つている場合、高度の胸水や腹水の貯溜をみる場合、喀血を繰り返す場合、糖尿病やその他重大な合併症を有する場合、肺癌やその他の疾患との鑑別が困難な場合などであり、それ以外の場合は、入院の適応はあくまで相対的なものであることを認めることができ、これに反する医学的な入院適応の判断基準を認めるに足る証拠はない。そして、右鑑定の結果によれば、現在の肺結核治療においては化学療法が中心であるところ、最近の研究結果によると、非空洞例においては入院と在宅あるいは就労との間では化学療法の効果には有意差がなく、空洞例においても入院例がわずかにまさるという程度であり、化学療法が正しく行なわれている限り、入院は必ずしも必要でないことが認められ、他に、診療方法の選択・効用について、右の医学上の見地と異なる見地を認めうべき証拠はない。

以上の認定、判断に照らしてみると、原告が被告病院を退院した昭和五五年三月七日の時点における原告の肺結核の病状は、医学的見地からみた場合、是非とも人院治療を要する程度のものであつた、すなわち前述の入院治療の絶対的適応の場合であつたとは認められないというほかはない。

原告は、原告の生活環境等社会的条件をも考慮すると、原告が右当時入院を継続する必要があつた旨主張するのであるが、右のような事実は、実際上治療にあたつている医師ないし医療機関が入院継続の必要性の有無を判断する際に考慮されることであるとしても、それは入院治療の相対的適応の場合のことであつて、いわば純医学的見地からみて入院治療の絶対的適応か否かをみた上記判断を左右するものではないといわねばならず、また、前記のごとく原告が被告病院を退院した後、訴外阪奈病院に入院して肺結核の治療を受けたことも、同様に右判断を左右するものではないというのが相当である。

そして、右のごとき社会的条件をも考慮したうえで、入院治療を継続する必要があつたか否かあるいは被告に原告の入院治療を継続すべき義務があつたか否かの点は、原、被告間の社会的・経済的関係ないし法律上の関係等原、被告相互の諸般の関係を抜きにしては判断しえないことであると考えられるので、後記被告の責任の項において判断するのが相当である。

四そこで、右の点の判断はしばらく措き請求原因4(退院の事情)につきみておくに、<証拠>によれば、右退院に至る経緯は次のとおりであると認められ<る。>

1  原告は、被告病院入院後、同病院に対し、医師から患者に対する病状の説明がないことや病院の入院患者に対する食事内容がよくないこと、入院患者が給湯用として使用するガスコンロの設置台数が不足していることなど治療面及び待遇面での不満をもつていたところ、通称釜ケ崎に居住する労働者で組織する釜ケ崎結核患者の会の代表者である訴外稲垣浩から、同会に加入して、被告病院に対する右のような治療面・待遇面での不満を解決するため運動してはどうかと勧誘され、昭和五五年一月右会に加入した。右会の会員らは、同年三月六日、被告病院の事務室において被告病院の上月課長らと面接し、被告病院の治療内容及び待遇の改善について二三項目の要求をするとともに、その際、原告は、同病院の入院患者に対し闘争を呼びかけるビラ及び被告病院に対する右要求事項を書いたビラ合計一〇〇枚ほどを被告病院の病室に配布してまわつた。すると、その後病棟の廊下の各所に「他人の部屋への入室厳禁

ビラ配付禁止」と書かれた紙が貼り出され、原告は、翌三月七日午前八時ころ、守衛の詰所に呼び出され、被告病院の上月課長から「病院の規則違反だから午前九時までに退院するように。」「理事長の命令だ。」と言い渡された。原告はこれに対し上月課長に抗議したが容れられず、上月課長は被告病院のガードマンとともに原告にその荷物をまとめさせたうえ、病室から右まとめた荷物を持ち出し、南海電車尾崎駅まで持つて行つたので、原告もやむなくそれに随き従い、このような形で原告は被告病院を退院することとなつた。

2  なお、被告病院においては、右日時ころにおける被告の退院を予定して被告に対し退院へ向けての準備内容を指導したり、投薬内容を変える等の措置を採つた形跡は証拠上見当らない。

五そこで、進んで、請求原因5(被告の責任)について判断する。

1  債務不履行責任について

(一) 前示一、二の認定事実によれば、原告と被告との間には、昭和五四年四月二三日、入院契約を伴う診療契約が締結され、両者間にはそれに基づく契約関係があつたものと認められるというのが相当である。

被告は、単に行路病者であつた原告の診療をしたにすぎず、原、被告間に直接診療契約が存在したか否かについて疑義がある旨主張するが、たとえ行路病者であり、また医療扶助の受給者として来診したものであつても、私法上の関係としては、直接、原、被告間に診療契約が締結されたものとみるのが相当であり、被告の右主張は採用できない。

(二) しかるところ、原告は、右診療契約上、被告には原告の生活環境等社会的条件をも考慮したうえで入院治療が必要な限りこれを継続すべき債務がある旨主張するが、右診療契約は、その性質上、準委任契約たる性格を多分に帯有するものであると考えられることを考慮すると、果して、原告主張のごとく入院治療が必要な状態にある限り被告においてこれを継続すべき債務を負い途中でこれを解約(解除)することはできないと解すべきかどうかについては、なお、検討すべき問題があると考えられるが(民法六五一条参照)、仮に、一応、原告の右主張を肯定するとしても、原、被告間の右契約関係が、元来、原告の前記疾病に対し治療行為を行うことを目的とした私法上の契約関係にすぎず、被告において治療の目的を離れて原告の生活全般に関して保護的措置を講ずべき債務を負う関係にあるとはとうてい解し難いことに徴すると、ここにいう社会的条件をも考慮して入院治療を必要とし被告がこれを継続すべき債務を負う場合とは、単に入院治療を継続する方が望ましいというのではなく、社会的条件等をも併せ考えると退院させた場合には適切な診療行為を受けることができなくなり、その結果、その病状を悪化させることが明らかであるかその危険性の大きいことが予見される場合に限られると解するのが相当である。

しかるところ、前記三の1、2において認定した診療の経過や原告の病状に照らすと、本件の場合、前記退院時において、退院により原告の病状が悪化することが明らかであつたとかその危険性の大きいことが予見される状況にあつたとは認められず、他にこれを認めるに足る証拠はない。よつて、原告の右主張は、結局、理由がなく採用できないといわざるをえない。

(三)  また、原告は、退院後もなお治療を要する状態で退院させる場合には他の病院を紹介したりその後の治療に支障を来たさないような措置を講じて退院させるべき債務を負うとも主張するところ、右診療契約が原告の身体に生じた疾病に対して治療行為を行うことを目的とするものであり、原告の健康、生命の安全に大きくかかわるものであることを考えると、原告をなお治療を要する状態で退院させる場合、原告において他の治療機関への入、通院手続等その時に原告自からがとりうる手段を迅速、適切に講じてもなお新らたな治療を受けられるようになるまでの間に病状が悪化することが明らかないしその危険性が大きいときには、被告において、原告が他の治療機関への入、通院手続等自分でとりうる手段を迅速、適切に講じさえすれば病状を悪化させることなく、新らたな治療を受けられるよう配慮した措置を講じたうえで退院させるべき債務を負い、かかる措置を講じないで退院させ、これによつて原告の病状を悪化させたような場合にはそれについての不履行の責任を免れないと解するのが相当であるが、前記認定の診療の経過と原告の病状に照らすと、本件が右のごとき場合であつたことは認め難く、他に、右事実を認めさせるに足る証拠はない。よつて、この点に関する主張も採用できない。

(四) なお、原告の主張には、被告が浪速区福祉事務所に対し、原告が軽快退院した旨報告をしたことをもつて、事実と異なる報告であるとし被告の債務不履行を構成するとの主張が含まれていると解されないではないが、仮に、そうだとしても、被告の右報告(被告が右報告をした事実自体は被告においてもこれを争つていない)が事実と異なる報告であることを認めるに足る証拠はなく、かえつて、前記三で認定した事実に照らすと、これを原告の病状に関する報告とみる限り、あながち事実に反するものとはいえないというのが相当であるから、右報告が事実と異なる報告であることを前提とする原告の右主張は理由がないものといわねばならない。

2  不法行為責任について

仮に、被告が原告主張のごとき注意義務を負うとしても、それは前記債務不履行責任について判示したような状況にある場合であると解するのを相当とするところ(その理由については右1の判示参照)、前記認定の診療経過と原告の病状に照らすと、本件の場合はこれに該当するものとは認め難く、他に、これを認めるに足る証拠はない。したがつて、不法行為責任に関する主張もまた採用できないというほかはない。

なお、附言するに、原告の退院の事情は前示のとおりであつて、被告が原告を前記時点で退院させるに至つた直接の動機が、原告が前記ビラを配つたことにあることは明らかであるというべく、その退院のさせ方も、見方によつてはかなり強引なものであつたといいえないではなく、被告のとつたこれらの措置の当否については、いろいろな立場から批判する余地はあると考えられるが、原告に対し直接暴力を加える等して退院させたものではないことを考慮すると、被告が原告においてビラを配布したことを理由に右のごとき態様で退院させたこと自体をもつて、独立の不法行為であるというのも相当でない。

六以上のとおりとすると、原告の本訴請求は、その余の点の判断に及ぶまでもなく理由がないというべきであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官上野 茂 裁判官小原春夫 裁判官大須賀 滋)

別表(一)

結核菌検索検査成績

検査年月日

検鏡検査

培養検査

4週間培養

8週間培養

昭和54年4月24日

ガフキー0号

陰性

陰性

同年5月1日

同上

同上

同上

同年6月9日

同上

同上

同上

同年7月11日

同上

同上

同上

同年8月9日

同上

同上

同上

同年9月11日

同上

同上

同上

同年10月11日

同上

同上

同上

同年11月8日

同上

同上

同上

同年12月11日

同上

同上

同上

10

昭和55年1月17日

同上

同上

同上

11

同年2月19日

同上

同上

同上

別表(二)

血沈値検査成績

検査年月日

1時間値(mm)

2時間値(mm)

昭和54年4月23日

10

27

同年5月10日

35

61

同年6月11日

60

91

同年7月11日

25

64

同年8月9日

41

70

同年9月11日

16

41

同年10月10日

10

32

同年11月12日

10

25

同年12月12日

15

33

10

昭和55年1月17日

32

45

11

同年2月19日

13

32

別表(三)

肺活量検査成績

検査年月日

肺活量(ml)

昭和54年5月16日

3000

同年6月18日

2900

同年7月16日

2800

同年8月22日

3300

同年9月17日

2900

同年10月17日

3000

同年11月20日

3100

同年12月19日

2800

昭和55年1月12日

2950

10

同年2月28日

2800

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